Twin Ray

運命のふたりの絆が愛の力

運命の人。
運命のふたり。

 

それを、

 

ツインレイ」と表現をすることもありますけれど、
赤い糸で結ばれている男女がすべての人に存在し、
遠回りをすることがあったとしても、
その赤い糸が切れることは、決して、ありません。

 

遅かれ早かれ、必ず出会う。
それが、私たち魂の真実です・・☆

 

運命の人と出会ってしまったなら、
魂の叫びを感じてしまったならば、
自分の心に嘘がつけなくなります。

 

それによって、
今まで抑えてきた感情が溢れだし、
苦しくなることもあるでしょう。

 

けれど。

 

何億年前からも決められきた運命を、
生まれ変わるごとに紡がれてきたふたりの愛を、
無視しようとも無視できるはずがないのです。

 

歴史という真実を自分の意思で操作してしまえるほど、
運命のふたりの赤い絆は、脆いものではありません。

 

離れようとも離れるなんてこと、
不可能」なのですよ・・?

 

何よりも。

 

私たち、最大限の欲求は、
愛する人を求める欲求ですもの。

 

欲というと、醜いイメージがあるかもしれませんけれど、
欲がなければ、技術は発展しなかったでしょう。
今の豊かな日本は、実現しなかったでしょう。
今、私たちが生きていることはなかったでしょう。

 

単に欲を、「良し悪し」で決めつけてしまうことは、
あまりにも勿体無いことだと私は、思うのです。

 

だって。

 

私たちのすべてが無限の可能性ならば、
欲を抑えてしまうことは、
可能性を制限してしまうことになるのですから。

 

もしも、欲がなければ、運命の人と出会うことも、
愛し合うことも「創造」も起こらなかった・・☆

 

男と女、感情と本能という相反するものは、
分離するものではなく、
互いが互いを内包し、動き、混ざり合うもの。
そうして互いが求め合い、手を繋いだとき、
はじめて、ふたつは、「融合」できるのです。

 

すべての原理は、
普遍で一定だからこそ、
真実が生まれます。

 

そして。

 

幸せは、生きる過程で生じるもので、
最後に手にするものでもありません。

 

たとえ、どんなに汚い世界になってしまっても、
欲にまみれて報いきれない罪を犯してしまっても、
罪を決めつけるのは、ルール上での法則で、
必要のない命は、きっと、
この世に存在しないと思うのです。

 

大切なことは。

 

自らの欲を、どう、使ってゆくのか。
その自由の選択が、各々の「使命」に通じ、
その知恵を身につけることが人生の経験だと、
私は、学んできました。

 

そして。

 

欲というエネルギーの使い方や目的は、
目の前の課題を達成するごとに、
魂が成長するごとに変わってゆくものです。

 

たっくさんの人が、大人のふりをして、
欲という才能を押しとどめてしまったり、
良き使い方をしようと自分を繕ってみたりして、
ほんとうの本心をずーっと、隠したまま、
一生を終えてしまいます。

 

それも、一つの試練といえば、
それまでかもしれません。

 

けれど。

 

心の底から愛する人がいるならば、
その人を求めることを抑えたり、
相手を疑うことに愛を消費しなくてもいいと、
私は、思ってしまうのです。

 

だって。

 

誰かを疑ったとき、苦しい想いをするのは、
誰でもない、自分自身なのですから。

 

もしも。

 

溢れる欲求を心で愛することができたなら、
きっと、それは、「情熱」となって、
心の底から、生きる力が湧いてくるでしょう。

 

それほどに、愛の力は、
眩い光を秘めているのです。

 

男と女。

 

太陽と月。

 

きっと。

 

求め合うふたりが混ざり合えば、
与え合うふたりになれるはず・・☆

2016-12-26 | Posted in Twin RayComments Closed